宮川泰介(日大アメフト選手)会見で内田監督指示の有無が明らかに!?関学怒りの真相は高校時代に?

どうもこんにちは。

2018年の5月6日に行われた
日本大学と関西学院大学のアメフト定期戦。

その際行われた悪質タックル問題が
日本のアメリカンフットボール全体の今後に関わる大きな問題に発展しようとしております。

ボールを投げ終えた無防備な状態にも関わらず、
背後から強烈なタックルを仕掛け

タックルを受けた奥野選手は
ひざ軟骨損傷と腰の打撲で全治三週間。

左足のしびれも出ており、今後の選手生命が心配されておりましたが現在無事練習に復帰できる程までに回復されました。

しかし、あまりにも不誠実な日大アメフト部の監督
内田正人氏の対応に

被害者の奥田選手の父である
奥野康俊大阪市議は大阪府警に被害届を提出。

会見にて

長男がプレー復帰できる状況まで回復したことを報告した上で、涙顔で「正直申しまして、つらかったです。息子も泣きながら『こんなに悲しい思いをさせるなら、アメフトをやるんじゃなかった』という言葉もあった」と明かした。

引用:Yahooニュース

と語り、
息子である奥野耕世さんの悲痛な思いを明らかにしました。

さらにはスポーツ庁の鈴木大地長官もコメントを発表。

「(日大の内田正人監督の)辞意というより、あの危険なタックルがなぜ起きたのか、関心はそこにある」と話し、改めて関係者に原因究明を求めた。

引用:http://news.livedoor.com/article/detail/14743111/

 

と、悪質タックルの原因に対してさらなる調査の必要性を説くも…

当の日大アメフト部の内田正人監督は
タックルの指示の有無を一切明らかにすることなく監督を辞任。

動画内で「弁明は一切致しません。全ては私の責任です」
と辞意を表明。

説明すべき点も全て弁明に当たると言わんばかりの姿勢で取材陣の質問に答えず会見を終えました。

その結果、
タックルを仕掛けた日大の宮川泰介選手が5月22日に会見を開くことになり、事の顛末を全て話す旨を明らかにしました。

その会見で雲隠れ状態の内田元監督に代わり真実を明らかにするのではないかと注目が集まっております。

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宮川泰介選手の出身高校・経歴・プロフィール

生年月日:1998年2月26日
年齢:20際
大学:日本大学3年
ポジション:ディフェンシブライン
背番号:91番

出身高校は日大豊山高校という東京文京区にある高校。
偏差値は57程。

大半がそのまま日本大学へ進学しております。

アメフト部もあるので宮川泰介選手は
高校時代もアメフト部に所属されていたものと見られています。

∪-19の日本代表選手にも選出されるほど優秀で
将来有望な選手で、

少なくとも今回起こした悪質タックルが
どれほど危険な行為であることは重々承知であったはず。

にも関わらず、
なぜ…?という疑問が残ります。

試合当日の宮川泰介選手は…

当時、試合を見ていた記者によると…

ボールから離れたところで関学の選手に小競り合いを仕掛け、ヘルメットを殴った。5プレーで三つもの反則。私には、彼が何かにとりつかれているかのように見えた。

彼はここで資格没収(退場)の処分を受けた。去年の甲子園ボウルでの彼の活躍をはっきり覚えていたので、いったい何が起こったのかと感じた。フィールドから出てきた彼はスタッフに促され、ベンチ奥にあった負傷者用のテントに入った。私はそこに近づいた。

彼は泣いていた。声を上げて泣いていた。同じポジションの選手が肩に手を置いて、言葉をかけていた。

引用:https://article.auone.jp/detail/1/6/12/16_12_r_20180522_1526939252240507

退場処分を受け、テントに戻った宮川泰介選手は声を上げて
泣いていたという話が報じられております。

勝つ為には手段を一切選ばない。

そんなスタイルで相手選手の事を全く気にかけない人格であるだとすれば涙を見せることなどなかったのではないか?

私には選手としてあるまじきことをしたという
後悔があったかのように感じられます。

涙を流すほどの後悔する行為を
監督の指示にも従わず勝手にするものでしょうか?

しかも相手に怪我をさせかねない危険なプレーを。

上司が「黒」と言ったら
例え「白」でも「黒」という前提で事を進めるしかない。

なんてことが社会出ると
しばしばあったりします。

(この仕事…明らかに効率悪いし、何かあったらどうしよう…)
なんて心の中で感じたとしても

その仕事に意見はしても最終的には上司の判断には従わずを得ないという経験をされた方も少なからずいることかと思います。

しかし、その際に問題が発生した場合
責任を取るのは上司なのですが…

今回の場合…
その指示したとされる上司が辞任して雲隠れ状態という…

内田正人前監督の経歴や指示について

名前:内田正人(うちだ まさと)
生年月日:1955年8月9日
年齢:62歳
出身:埼玉県

日大豊山高校卒後、日本大学に入学。

在学時はアメフト部所属。

悪質タックル問題により監督を辞任。

日大の常任理事であり
人事権を握っている大学のナンバー2であると噂されています。

また日大関係者によりますと

「試合に出場したかったら1プレー目で相手のクオーターバックを壊してこい」

という具体的な指示があったと報じられておりますが、
日大側はその報道を否定。

アメフト部側と日大側の主張は見事に食い違いを見せており、
内田監督も先述した動画の通り、

指示の有無について明らかにしないまま
監督を辞任しています。

これだけ明らかに否定しておきながら、
後に釈明すると大変マズいことにはなってしまうので

否定する論調を崩すわけにはいかないというのは分かりますが…
ただ保身を考えるには問題が大きくなり過ぎているような…

宮川泰介選手もまた今後の社会生活にかなりの影響を及ぼすことは
承知の上で会見に出るのですから

日大にも学生を教育する立場として恥ずかしくない真摯な対応して頂ければと思うばかりです。

というか学生を守ってあげてくださいよ…

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宮川泰介(日大アメフト選手)会見で内田監督指示の有無が明らかに!?

宮川泰介選手は会見を開き、
内田監督以外にも井上コーチからこのような指示を受けていたことを明らかにしました▼

 宮川選手による陳述書は、試合の3日前である5月3日から始まった。内田監督から「やる気があるのか無いのかわからない。辞めていい」、そして井上コーチからは「お前が変わらない限り出さない」と言われ、この日から実戦練習を外されたという。

そして5日の練習後、井上コーチに「お前をどうしたら試合に出せるか監督に聞いたら、“相手のクオーターバックを1プレー目で潰せば出してやる“と言われた。“潰しに行くんで僕を使って下さい“と監督に言いに行け」との指示を受けたという。井上コーチはさらに「関学との定期戦が無くなってもいいだろう。クオーターバックが怪我をして秋の試合に出られなかったらこっちの得だろう。これは本当にやらなくてはいけないぞ」と念を押され、「髪型を坊主にしてこい」とも指示されたという。

こうした指示について宮川選手は「追い詰められ、悩んだ」というが、「これからの大学のフットボールにおいて、ここでやらなければ後がないと思い会場に向かった。試合のメンバー表に自分の名前がなかったので、試合前のポジション練習時に監督に対して、“相手のクオーターバックを潰しに行くんで使って下さい“と言いに行った。監督からは“やらなきゃ意味ないよ“と言われた。戻って井上コーチに報告すると“思い切り行ってこい“と言われた。さらに試合前の整列のとき、井上コーチからは“できませんでしたじゃ済まされないぞ、わかっているな“と念を押された」と振り返った。

引用:Yahooニュース

今回の記者会見は宮川泰介選手の申し出によるもので、
本来ならば代理人弁護士の同席は認められないものであったようですが、

まだ成人したばかりの学生あるということからの配慮で特例で認められたとのことです。

当初代理人弁護士は宮川泰介選手の名前の公開と顔出しに関して
今後の社会生活の影響から控えてはどうか?と提案したそうですが、

宮川さんは顔も出さずに謝罪にはならないと今回の会見に臨んだようです。

悪質タックルが問題になった頃、
宮川さんとそのご両親は被害者そして関学に幾度も謝罪をしたいと申し入れたそうですが、
日大側はそれに中々対応してくれなかったようです。

ようやく謝罪をすることができたのが5月18日。
試合があった5月6日から10日以上経過しておりました。

宮川選手の謝罪に対し、被害選手である奥野さんは静かにうなずいてくれたそうです。

個人的にはもう宮川泰介選手は充分すぎるほどの罰を受けたのではないかと思います。
相当な勇気と覚悟ないとできない行動です。

本来なら守る立場である大学側かも守ってもらえず、
誹謗中傷を受ける毎日は相当辛かったのではないかと…

そして彼は何より、
ずっと努力に努力を重ねてきたアメフトをもう続ける意思はないと表明しました。

自分の大好きだったスポーツを辞め、
今後就職なども控えているまだ20歳と少しの彼が大勢の記者を前に姿と名前を出してまで
謝罪の意を示した勇気を私は素直に尊敬したいと思っています。

井上コーチに関する記事はコチラ▼

井上奨コーチ(日大アメフト)の顔画像や経歴を調査!タックル指示疑惑で会見や辞任の可能性は?

2018.05.22

 

関学怒りの真相は高校時代に?

日大側の対応に怒りをあらわにしている関西学院大学。

実は今回被害に遭われた奥野選手。

関西学院高等部時代の全国高校選手権の準決勝にて
チームメイトを亡くされております。

プレイ中に頭を強打したことが原因とされており、
今回のような悪質なラフプレーではなく事故によるものでした。

当時の記事によりますと

選手たちは「このまま日本一を目指していいのか」と苦悩した。当初は眠れないなどの変調を訴える者もおり、中尾昌治監督(51)は「フットボールができる状況ではなかった」と振り返る。

練習前後に黙想し、思いをはせる中「彰吾がどうしてほしいかを考えた。チームが歩みを止めることを一番嫌がるはず」と菅野洋祐主将(3年)。再び目標に向かい始めた選手を、武内さんの両親も気にかけ、慎吾さん(53)は「子どもたちが3年間懸けて目指したこと、息子がやってきたことを完遂してほしい」と中尾監督に彰吾さんの写真とユニホームを託した。

引用:https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/201612/0009772280.shtml

と、一時はまともにフットボールもできない状況であり、
今後アメフトを続けるか苦悩した選手もいたようです。

しかし、
事故によりなくなった武内さんの想いと父による後押しにより、

現在もなおアメフトに様々な想いが交錯する中懸命に努力を重ね、
フェアプレー・スポーツマンシップ精神に基づきアメフトを続けてきた関西学院がこれほどの怒りを感じてしまうのも無理はありません。

また、仲間を事故で亡くし
ユニフォームを託され最前線で頑張ってきた

奥野選手が

『こんなに悲しい思いをさせるなら、アメフトをやるんじゃなかった』

という言葉を漏らしてしまうほど。

そう言わしめる苦悩と悲しみは推し量れるものではありません。

辞任すれば全て終わり…というにはあまりにも関学にとって納得できなくなってしまうのは仕方がないことなのかもしれません。

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